借金をした理由は人それぞれです。
事業の失敗、友人の連帯保証人になった、家族の病気……。
これらは「仕方がない理由」として、ある意味で同情されるかもしれません。
でも、私の場合は違います。もっと情けなくて、恥ずかしい理由。
それは「見栄」と「浪費」です。
なぜ普通の会社員が、年収を超えるまで買い物を止められなかったのか?
なぜ「支払えない」とわかっていながら、カードを切ってしまったのか?
債務整理を機に徹底的に見つめ直した、私の心の闇、いわゆる「借金脳」について分析します。
私は「モノ」ではなく「理想の自分」を買っていた
振り返ってみると、私はただブランド品が欲しかったわけではありません。
そのアイテムを身につけることで得られる「優越感」や「自信」にお金を払っていたのです。
ブランド品を持つと強くなれた気がした
当時の私は、自分に自信がありませんでした。
仕事もそこそこで、年収も平均的。何者でもない自分に対するコンプレックスの裏返しだったのでしょう。
高級時計をつけ、ブランドのスーツを着ている時だけは、自分が「デキる男」になったような気がしました。
ショップの店員さんに「お客様、とてもお似合いです」「これをつけている方は少ないですよ」とおだてられる瞬間の高揚感。
それが忘れられず、魔法にかかったようにカードを差し出していました。
「これを買えば、明日から自分は変われる」
そんな幻想を、リボ払いという借金で買っていたのです。
後輩や同僚への「奢り」で見栄を張る
飲み会での振る舞いも最悪でした。
後輩や同僚に対して、「お金がない」と言うのが死ぬほど嫌だったのです。
「今日は俺が出すよ」
会計の際、スマートにゴールドカードを出す自分に酔っていました。
実際はそのカード、リボ払いの枠がパンパンで、翌月の支払いに怯えているにも関わらず、です。
「ケチだと思われたくない」
「余裕がある人だと思われたい」
このちっぽけなプライドが、私の借金を加速させていきました。
ストレス発散という名の「買い物依存」
見栄と同時に、私を蝕んでいたのが「買い物依存」に近い症状でした。
仕事でストレスが溜まると、発散のはけ口がすべて「浪費」に向かっていたのです。
ポチった瞬間が快感のピーク
夜中、ネット通販サイトを見ている時が一番の幸せでした。
カートに商品を入れ、「注文を確定する」ボタンを押した瞬間、脳内で快楽物質(ドーパミン)がドバッと出るのがわかるのです。
恐ろしいことに、商品が届く頃にはもう興味が薄れています。
ひどい時は、届いた段ボールを開封もしないまま、部屋の隅に積み上げていました。
「欲しいから買う」のではなく、「買うという行為そのものでストレスを麻痺させる」状態。
これは立派な依存症でした。
リボ払いの枠 = 自分の貯金だと錯覚
なぜお金がないのに買い物ができたのか。
それは「クレジットカードの利用可能枠」を「自分の貯金」だと錯覚していたからです。
アプリを見て「あと20万円利用可能です」と表示されていると、「ああ、まだ20万円も持っている」と脳内で変換してしまう。
それは借金できる枠であって、私の資産ではないのに。
さらにリボ払いは、10万円使っても20万円使っても、翌月の支払いは「1万円」などで済みます。
「財布からお金が出ていく痛み」を感じない仕組みが、私の金銭感覚を完全に麻痺させていました。
「みんなも借金してるでしょ?」という正常性バイアス
借金が200万、300万と増えていく過程で、不安にならなかったわけではありません。
しかし、私は都合のいい情報ばかりを集めて自分を正当化していました。
ネットの掲示板を見て安心していた
夜な夜な、借金持ちが集まるネット掲示板(5chなど)を見て回っていました。
そこで探していたのは、解決策ではなく「自分よりひどい状況の人」です。
「ギャンブルで借金800万あるけど生きてるw」
「リボ天井張り付き歴5年です」
こういう書き込みを見ては、
「なんだ、上には上がいるじゃないか。自分なんてまだマシだ」
「みんな借金くらいしてるんだ。自分だけじゃない」
そう自分に言い聞かせて、安心感を得ていました。
これを心理学で「正常性バイアス(自分だけは大丈夫と思い込む心理)」と言うそうです。
傷を舐め合っている間に、状況は刻一刻と悪化しているとも知らずに。
立ち直るために必要だった「プライドの破壊」
そんな私が借金地獄から抜け出すために必要だったのは、お金よりも先に「無駄なプライドを捨てること」でした。
自分は「金融リテラシーゼロの凡人」だと認める
「俺は本気を出せばいつでも稼げる」
「今はたまたま運が悪いだけ」
そんな根拠のない自信が、借金の解決を遅らせていました。
債務整理を決断する時、私は自分自身にこう認めざるを得ませんでした。
「私は、お金の管理ができない、金融リテラシーゼロの凡人です」
自分は特別ではない。身の丈に合わない生活をしていた愚か者だ。
そう認めることは、心臓をえぐられるほど辛かったです。
しかし、自分の弱さを認めた瞬間、不思議と肩の荷が降りました。
「じゃあ、凡人らしく、専門家に助けてもらおう」
「見栄を張るのはやめて、質素に暮らそう」
債務整理は、私にとって敗北ではなく、「身の丈に合った生活への軌道修正」だったのです。
まとめ
借金の原因を「運が悪かったから」「社会が悪いから」と他責にしているうちは、借金は減りませんし、仮に減っても必ずまた繰り返します。
私がそうでした。
自分の弱さ(見栄、依存、甘え)を直視して初めて、本当の意味での「返済」が始まります。
今は高級時計もブランド服もありません。
ユニクロの服を着て、スーパーの見切り品を買う生活です。
でも、あの頃よりずっと心が軽い。
「見栄」という重い鎧を脱ぎ捨てた今のほうが、私は自分を好きになれています。
FAQ(よくある疑問)
Q:今はもう物欲はないのですか?
A:正直、あります。欲しい物はたくさんあります(笑)。
でも、「現金一括で買えない物は、今の自分には分不相応」という絶対的なルールを作ってブレーキをかけています。「欲しい」と思っても、「買える身分じゃない」と即座に却下できるようになりました。
Q:見栄を張るのをやめて、友人は離れませんでしたか?
A:離れていった人もいます。飲み会を断るようになり、付き合いが悪いと言われたこともあります。
でも、それは「金ヅルとしての私」や「数合わせの私」を見ていた人たちでした。
逆に、お金を使わなくても、公園で缶コーヒーを飲むだけで笑い合える本当の友人が誰なのか、はっきりと分かりました。これは怪我の功名だったと思います。
